…7月の西安…
西安空港でトラブル発生 

 7月上旬に帰国する際、西安空港の手荷物検査場で突然右眼が見えなくなった。2年半前にも同じ症状になり、網膜から出血したと思われる。悪いことは重なるもので、この日は全便が大幅な遅れ、上海到着は岡山便が飛び立った後であった。翌日便への変更手続を済ませてから、出発時刻まで休ませてもらえるホテルを手配した。

 翌日の搭乗手続には時間がかかった。窓口担当者が責任者と相談、どこかへ数回電話までかけていた。「いつまで待たせるのだ。私は善良な旅人だ。」とつい独り言。やっと搭乗券が渡されたが、いつもとは色が違っていた。ビジネスクラスの券だ。「間違っている。」と言ったが、担当者はOKの返事を繰り返すばかり。理由を考えている時間はなく、出国審査場へ急いだ。

 ゆったりしたシートに座ると、おしぼりと飲物が出された。初めて味わうビジネスクラスのサービスだ。感激したのは食事で、食器やナイフ&フォークは本物、メインディシュには厚いステーキ。不自由な右目を閉じ、左目を大きく見開いて夢中で食べた。食後には、洒落たカップに入れられたコーヒーまで出てきた。優雅な気分になってくる。

 帰国して1週間後に眼の手術を受けた。3つの手術を一度にやってしまう大手術になった。一週間の入院、退院時には医師から暫く安静にと言われ、7月下旬に予定していた西安出張を中止した。

 

 

 

 

 

 

社会保険料改訂の告知

 この時期になると社会保険料の改訂が告知される。今年の内容は、首にナイフを突きつけられたような気分になる。

 1月に遡って改訂差額が徴収されるが、昨年までは養老年金(日本の厚生年金)だけであった。それが、今年はその他の保険についても差額を徴収すると書いてある。これは、本人負担は勿論だが会社負担も増えることを意味する。

 中国の告知はいつもギリギリになってから行われ、会社はその度に振り回されてばかり。告知の時期だけでも改善してもらえないのだろうか。


 


 



超高級車の販売店がオープン 

 西安オフィス近く大唐不夜城の中心街に、超高級車ロールス・ロイスとランボールギーニの販売店が向かい合ってオープンした。こんな高価な車の購入など、経済不況の日本にいるととても考えられない。

 西安人は大きくて高価な車ほど欲しがる傾向がある。日本人が気にする燃費などへの関心はなく、日本の自動車メーカーが低燃費車の販売に力を入れてみても、中国で売れるとは思えない。高級車に乗っている人が、次に乗換えを考えるのは超高級車だ。

 販売店の狙いは理解できる。だが、気になっていることがある。それは、陝西省で多く産出される石炭の価格が半分に下落したことだ。採算がとれなくなった炭鉱が次々と閉鎖されている。これまで西安経済を潤してきた投資の多くは石炭マネーによるものだ。もし、石炭マネーが西安へ流れてこなくなったら?

 

 

 

 

 


…8月の西安…
中国滞在ビザ取得が

 8月中旬に中国外務省から発表された「中国滞在ビザ申請に関する告知」が、日本のテレビニュースで放送された。その内容は、これまで申請受理に要する日数は5業務日であった。

 しかし、これからは15業務日が必要になるという。つまり、3週間かかることになる。不法滞在者の急増に対処するためと説明していたが、善良な渡航者にとっては迷惑な話だ。ビザ申請中は手元にパスポートはなく、短期の渡航もできない。それに、日本人にとっては領有権問題があって、手続に3週間以上かかることも考えられる。

 

趣味も西欧化が進む  

 西安の婦人たちは社交ダンスを公園で楽しむばかりでなく、最近ではバレイ教室に通うようになったと聞いた。興味が湧いて、芸能に詳しい知人にバレイ教室の見学をお願いした。

 夕食を早めに済ませてから、西安歌舞団が運営するバレイ教室を訪ねた。レッスン場は広く、設備や内容も本格的なものであった。驚いたのは、習いに来ているご婦人方の年齢層が広いことだ。10代から60代まで、皆さん元気で年齢差など感じられない。ただ、太めの体系をされた方もいて、この人達の目的はダイエットようにも思われる。

 趣味もそうだが、住居、車、食事などの西欧化が早い速度で進んでいる。これと同じように、公衆マナーとビジネスモラルの西欧化が進んでくれると嬉しいのだが。




 

 

 

新入社員研修を考える

 9月に入ると新入社員研修が始まる。昨年書き残しておいたメモを見ると、改善事項が3つ書いてあって、「難問?」と添え書されてあった。3つの事項とは次のような内容だ。

@ 仕事の厳重さを教える。
A 上司の指示通りに行動することを教える。
B 自己研鑽の重要性を教える。

 いずれも日本では常識的な事項だが、西安の新入社員にとっては生まれて初めて意識することばかりである。彼らには、身近な実例を使って分かりやすく理屈を教えている。彼らも理屈は直ぐに理解する。しかし、実際の場になると理屈など忘れて腹立たしい行動をとるから困ってしまう。

 改善策について考えたが、実際に体験しなければ理解出来ないことかもしれない。そうだとすると、その場面を創り出すしかないが、それでは手間と時間が掛かり過ぎるように思える。そこで、今年の改善は、昨年入社した社員にこの1年間に「叱られて学んだこと」についての話をさせる。また、日本から帰ってきた先輩には、日本での失敗談について語らせることにした。

 

 


…9月の西安…
新入社員が出社

 8月下旬、手術した眼の状態も落ち着いてきて西安へ出張した。来週から新入社員たちが出社してくる。楽しみではあるが心配もしている。挨拶はきちんとできるだろうか?正しい服装で来るだろうか? 初出社のチェックをしてみると、散髪、服装,朝の挨拶、全てがOKであった。

 研修を始める前に、3月に行った実習後の彼ら自身の変化について訊ねてみた。すると、「人生観と習慣が変わりました。」とか、「服装が清潔になりました。」などの回答があった。レベルの差はあるが、実習の効果はあったということだ。

 3月実習時には採用予定者は3名いた。しかし、9月に入社してきたのは2名。これは、実習中に1名が我社の風土に合わないと判断して、その旨を最終日に伝えておいた。彼からの返事をずっと待っていたが、8月末になって入社を辞退することを伝えてきた。これで良かったと思う。

 改善した方法で新入社員研修を進めていく。順調だ。昨年までヘトヘトになりながら頑張っていたことが懐かしく思えてきた


 

 

 

 

本社転属中社員が日本永住を希望

 
 本社転属中の社員が日本の生活に慣れ、中国で結婚して妻を日本へ呼んだ。妻も日本の生活に慣れ、仕事が見つかり、出産・育児を日本でしたいと思うようになった。今では、夫婦揃って日本に永住したいと思っている。

 嬉しい話だが、心配事ばかりが頭に浮かんでくる。日本人の中で、ほんとうに生活していけるのだろうか?彼の日本滞在は4年と6ヶ月。本人はすっかり日本人気分になっているが、私には中国人のままとしか思えない。それは、考え方の違いから、彼との会話が今でも一方通行にしかならないからである。

 彼が9月に休暇で西安へ戻ってきた際に、日本で生活していくための指導を行った。その結果、彼は不満ばかりを抱える人間になってしまった。原因は、相手の立場に立って物事を考えるか、自分の都合で物事を考えるかの違いによるものだ。相手がどのような気持ちで話しているのかを読み取ろうとはせず、言葉を直接的に理解して自分が思っていることにマッチするかどうかをチェックするだけなのだ。

 日本人の中で暮らしていくには、常に相手のことを意識しておく必要がある。それに、言葉の奥に隠された本音があることも知ってもらいたい。そんな気持ちで指導したつもりであった。しかし、彼には悪い意味にしか理解してもらえず、心を込めてプレゼントした品物を目の前で叩き壊されたような気持ちになる。解決方法を探ってはみるが、彼の自己中心的な考え方を直してもらわなければ、先へ進むことはできない。



 

社員が日本へ出張

 8月中旬になって、本社からの開発作業が途切れるようになってきた。じっと待っている訳にもいかず、8月下旬に1名が本社へ出張した。それに続いて、10月には3名が本社へ出張する。

 10月に出張する社員の中に、初めて日本へ行く者が2名いる。パスポートやビザ申請、日本での生活指導、航空券の手配、日本語の特訓と西安では出張準備に追われる。この時期には中秋節や国慶節の連休があり、予定した日程で滞在ビザが発給されるか心配だ。

…10月の西安…
社員が来日

 心配していた滞在ビザの発給が予定通りに進み、3名の崗山社員が岡山へやって来る。岡山空港で彼らを出迎えた。初来日の2名に岡山の印象を訊ねてみると、「静か、空気が綺麗。」といつもと同じ回答であった。

寮へ案内する途中で、軽く腹ごしらえをしようとレストランに寄った。店に入ると、彼らは驚いた様子で「明るいですね。」と言った。そういえば、最近の西安では雰囲気を創るためだとか言って、照明具を少なくした暗い店が増えてきた。また、繁盛している屋台は、真っ暗闇の中蝋燭1本の明かりだけで営業している店というから驚ろく。食事は明るく清潔なのが一番と思うのだが。

本社社員の平均年齢は42歳を超えている。落ち着いた雰囲気ではあるが、元気さが不足しているように思える。若い崗山社員が加わったことで、本社に元気さが戻り、動きまで軽やかになってきたようだ。崗山社員は、血流を良くする漢方薬・「田七人参」に似た効果がある。

日本製スーツの購入

 本社に出張中の崗山社員たちが、日本製スーツを買いたいと言ってきた。西安教育「自分への投資」の効果であろう。彼らが投資の重要性を強く感じるのは、日本に入国する際の税関検査に於いてである。日本製スーツを着ていると荷物の検査はされず、中国製だと検査されるからだ。この経験で、身だしなみで人間性まで判断されてしまうという日本の怖さを知ることになる。

 初来日した社員の買物リストには、ビジネスバッグやタイピンまで書かれてあった。これだけの投資となると、購入資金のことが気になってくる。確認すると、全品購入可能なだけの資金は準備してあった。これも西安教育の効果であろうか。

「はるやま」へVIP会員に同行してもらい訪問した。試着した姿はまるで別人のようだ。中国製スーツはウエスト部分がズドンとしているが、日本製スーツは身体のラインに沿って絞られていてシルエットが美しい。失礼ではあるが「馬子にも衣装」だ。

「はるやま」の割引制度についての説明を受けたが、種類が多過ぎて今でも理解できていない。半額セール、2着セール、先着割引、高齢者割引、下取り値引きなどなど。3名分のレシートは、数十センチという驚きの長さにまでなった。これを眺めていると、「定価とはいったい何だろう?」と考えてしまう。

今年の募集活動は

 今年の募集活動は、例年通り10月から実施する計画にしていた。しかし、活動時期に4名の社員が本社へ出張した。残された少人数での開催を検討してみたが、良い知恵は浮かんでこなかった。これでは、募集活動を中止するしかないだろう。

西安には募集時期が春にもある。春は、大学院進学を諦めた学生が就職先を求めて動く時期だ。有名大学では、ほとんどの学生が大学院を目指している。その結果、進学できない学生も多くいることになる。この時期には出張していた社員も戻っているので、やろうと思えば募集活動をやれそうだ。

 

 

 

 

…11月の西安…
結婚披露宴に出席

 知人のお嬢さんの結婚披露宴に招かれた。中国式披露宴の知識はなく、祝辞まで頼まれてしまったから大変だ。どんな服装で、お祝いにはどんな品をと悩むばかり。だが、落ち着いて考えてみると、中国は決まり事がない国、礼儀や作法を気にする必要はないかもしれない。

結婚式当日の朝に知人宅へ招かれた。結婚式前の様子を私に見せたと言う。考えられないような行事を目撃することになった。新郎が新婦の家を訪ねて来て、力いっぱい入り口のドアを叩く。中にいる新婦側の人達は「まだよ。」の返事を繰り返すばかりで、ドアを開ける気配はない。新郎を家に入れると、今度は彼を質問攻めにする。答えを間違えると、腕立て伏せなどの罰を与える。

 極めつけは、辛くて・苦くて・酸っぱくて・不味いものを新郎に食べさせる。新婦は傍らで口直しの品を持って心配そうに立っている。これは、これからの人生でどんなに辛いことがあっても、二人で力を合わせて乗り越えていくようにとの意味が込められていると説明があった。私には、男が全ての苦労を負うようにしか思えなかった。

披露宴は有名な国際劇場を借り切って行われた。舞台に目をやると、数本のマイクが立っている。あの高い舞台の上でスピーチするの?急に足が震えだす。経験したことがない雰囲気の中で、緊張は益々高まっていった。

会場の様子を見ると驚くことばかり。出席者の服装は普段着、席に着くと直ぐに大声で喋り始める。両親の席は一番上座にあって、他の出席者は適当といった感じであった。全てのことが日本とは逆のように思える。司会者に祝辞の順番を訊ねてみたところ、2番目だと言われた。そんな話聞いてないぞ。

披露宴が始まる。ウエディング・ドレス姿の新婦が会場入口から、新郎は舞台から登場してきた。会場の中央で二人は出会い、揃って舞台へ。舞台では踊りと音楽、スクリーンでは新郎新婦が主役を勤める新作の恋愛映画が始まる。華やかなオープニングだ。

新郎側主賓の祝辞が終わり、いよいよ私の番になった。会場に一礼、通訳してくれる西安スタッフと一緒に舞台へ。打ち合わせでは二人揃って新郎新婦へ一礼と決めていたが、直ぐに喋り始めてしまった。これが緊張なのだろう。不思議なことに、スピーチだけは原稿を一度も見ることなく声になって出て来た。これは、日本語が分かる人がいないという安心感からではなかろうか。

今回の祝辞については随分と悩んだ。日中間には領土問題があり、反日感情がある中で日本人が喋ってもいいのだろうか?終わってからも、スピーチの内容は新婦とのエピソードだけで良かったのか?などといったことだ。祝辞の後、数人の方が私の席に来られて、「素晴らしいスピーチでしたよ。」と言ってもれえたことが救いになった。

満腹になった頃から退席者が出始めた。中国の披露宴は実に自由だ。型にはめられた日本式では味わうことができない中国式披露宴、素敵に感じられた。

社員の結婚について

 崗山軟件開発も、結婚適齢期を迎えた男子社員が増えてきた。彼らの話を聞くと、26歳になっても結婚できない男は、「かたわもの」と周りの人から言われるらしい。男としての面子まで無くしてしまうというから大変だ。

 結婚前の中国の男には厳しい試練が待っている。まず、給料が高い会社に就職しなければならない。次に、しっかり働いて節約に努め、貯金を増やすことだけ考えて若い時代を過ごす。好きな女性が現れたらマンションと車を購入する。結婚の申込みには、これら二つの権利書と預金通帳や給料明細書を持って親元を訪ねる。許可がもらえると、結婚式、結婚披露宴、新婚旅行といった行事になるが、これらの費用は全て男が負担しなければならない。「男は辛いよ」である。

 この背景には、女性と比べて男性の数が圧倒的に多いことがある。嫁取りは男同士の争奪戦だ。女性の親は強気で、娘に経済的な苦労をさせたくないとマンションを持たない男とは結婚させない。娘も親の意見に従う。一人っ子で甘やかされて育った娘と付き合うには、男に忍耐の精神がなければ相手にしてもらえない。敗戦直後に生まれた私などは、「トラック3台分の花嫁候補が待っている。」と聞かされてきた。とてもじゃないが、中国では生きていけそうにない。

 会社では、「若いうちは、自分の将来のために金と時間を投資しなさい。」と教育している。他人の中傷など気にせず、「30歳になってから結婚する。」を自分の人生設計にすれば、若い時の投資は十分できるはずである。会社に満足してもらえる仕事ができるようになれば、収入が増え貯金も容易になってくる。結婚を焦って金を求めて転職を繰り返す若者もいるが、会社での実績や人間関係といった貴重な財産を捨てることになる。どちらが賢い生き方か、誰が考えても判るはずだ。

 社員が言っていた「かたわもの」についてだが、結婚の時期は本人が決めることで、他人が早いとか遅いなどと言うべきことではないと思う。中国の人達は、結婚に限らず他人の生活や人生に踏み込んでくる傾向があって、こちらが傷つくことも多い。それに、他人のことを知りたがるという悪い癖がある。「あんた給料いくらもらっているの?」などは、挨拶言葉にまでなっている。

また、言われる側も他人の評価を気にしすぎるところもある。人は他人のことを自分勝手に評価するもの。それならば、他人からどう思われようと、本人が気にする必要などないはずだ。

…12月の西安…
本社忘年会に参加

 本社の忘年会に崗山社員4名が参加する。その中の一人が司会役を勤めるというので、私も緊張している。彼は来日して8ヶ月、日本語はまだまだのレベルなので心配だ。

 彼の開会挨拶が始まった。流暢で、イントネーションも素晴らしい。普段聞いている彼の日本語とはまるで違っていた。それに、多くの丁寧語まで入っていたのには驚かされた。

 彼があまりにもうまく喋ったので、私のリズムは完全に狂ってしまった。「もしもし亀よ亀さんよ」といったヨチヨチ歩きのような喋りにしかならない。こうなると、「どうせ聞いていないのだから。」と開き直るしかない。気持ちを切り替えて話を続けた。

 最近の忘年会料理は和食が多かった。社員が高齢化してきて魚を好むようになったからだが、今年は韓国料理だそうだ。これは、辛い料理が好きな崗山社員に配慮してくれてのことらしい。嬉しい配慮だ。だが、辛い料理が駄目な私はどうすればいいの?

 心配した辛さも、料理の35%は許容範囲内にあった。飲物は、どういう訳か普段飲むことのない日本酒になっていた。この夜は、自分が日本人であることを強く意識していたように思う。辛い料理のお蔭で腹は八文目、酔いは心地良いレベルに達したところで忘年会はお開きになった。二次会は、崗山社員を連れてカラオケボックスへ直行。私が5曲も歌ったのは驚くべきことであった。

 

 

 


 



 

 

 





 

 

 

 

玉収集のその後-12

 保管箱シリーズの第三弾だ。第二弾に登場した品を購入してから半年が過ぎた。老友の店を訪ねると、店舗が改装されて広く豪華になっていた。残念だったのは、骨董品がなくなり現代作品ばかりが並べられていたことだ。この背景には、中国文化財の海外流出を防ぐために国が厳重チェックを始めたことがある。上海骨董商組合からも、「当局の取り締まりに注意」の通達が送られてきたと聞く。

 老友は骨董品の在庫一掃セールを考えていて、「安くするから全部買ってよ。」と言ってきた。喜んだが、在庫品は僅かしか残されていなかった。八角形の容器、合符、神獣、犬、印鑑の5点だけ。売れ残っただけあって、どれも一般受けしない品ばかりである。

 気を取り直して品定めをするが、購入してもと思えるのは八角形の容器だけ。老友は私の気持ちを察したのか、いきなり驚きの値段を言ってきた。嬉しい話だが、気持ちを切り替えることができずに渋い顔で対応してしまった。その後、彼は横を向いたままで何やらブツブツ言っていた。暫くして、更に値引きされた価格を言ってきた。ここまで来ると受けるしかないだろう。在庫一掃バーゲンセールはここで終了した。今回の購入で学んだことが一つある。それは、社員には「常に笑顔の対応」と教えてきたが、場合によっては「渋い顔の対応」も良い効果があるということだ。

 八角形の容器から話を始める。以前から気になっていた品で、斜めに走った線が自然石の魅力を感じさせてくれていた。不純物が混ざった玉材なので購入を控えていたが、指でさりげなく擦ってみると光沢が素晴らしい。足役の熊が可愛いし、側面に浮き彫りされた絵も面白い。蓋に施された透かし彫りから香炉と思っていた。だが、調べてみると婦人達が装身具などを入れた容器だった。この種の容器が作られたのは漢代だけ。この稀少な品には「八方四熊足宝箱」と命名した。

 次は「鹿合符」だ。玉で作られた合符は、数が極めて少ない。その訳は、玉が使われたのは戦国時代まで、それ以降は青銅製に変わったからである。合符は本人確認のための証明書のようなもので、中央から地方へ赴任する役人が使用した。真ん中から縦2つに割れて、一方の内面に凸で「入」の文字、もう一方には凹で同じ文字が刻まれている。2つを合わせると、凸の文字が凹の穴に納まる仕掛けになっている。合符の形は虎や魚がほとんどで、鹿は見たことがない。中国では鹿は幸福を運んで来てくれる動物とされていて、赴任者が自分の気持ちを伝えたいと選んだのであろう。

 次は「神獣」だ。購入時には「えー、これほんとうに玉なの?」と叫んでしまった。触るのも躊躇してしまうほどの状態であった。洗浄してから調べてみると、古い碧玉に見られる特徴と似ていたのだ。まず「神獣」の正体だが、虎、熊、鷲、豹たちの強い力だけを集約して生まれてきた空想上の動物で、漢代には辟邪、その後は獅子へと成長していく。この品のデザインと彫りは幼稚で、顔立ちは可愛い系である。とても悪霊を追い払ってくれるような漢代辟邪の怖さなど感じられない。また、長く延びて巻いた尾は虎の特徴でもある。これらのことから、戦国時代に誕生した神獣と思われる。

 次は、臥した犬という意味で「臥犬」と命名した品だ。この品を購入したいと思った人はこれまで誰もいなかっただろう。表面は激しく侵食され、汚れた石にしか見えないからだ。忍耐強く磨いていると地肌が見えてきた。変化に富んだ模様をした玉材だ。ホータンの川床から採取された玉石と思われる。それに、知性が感じられる顔立ちと強靭そうなボディも魅力だ。この犬、思わぬ拾い物かもしれない。製作年代は、背骨と筋肉の盛り上がり方、それにふっくらした耳の形から判断して宋代と思われる。

 最後は「虎印」だ。印には興味がなく、保管箱に収めたままにしてあった。今回眺めると、玉材の模様が面白い。調べてみると、漢代の皇帝たちが好んで使用した印材に似ていた。刻まれた紋様と文字は、確かに漢代のものである。だが、気になることがある。それは、使用された痕跡がないことだ。つまり、復刻品ということも考えられる。時代判定は実に厄介な作業である。

 一山幾らの品でも、調べていくと興味深い作品に変わった。しかしながら、新発見が見付かるたびに喜んだり悲しんだりは疲れてしまう。今回のことで、一山幾らの購入は二度としないことを心に誓った。
老友との物語は今回で終了する。次回からは、主役が闇の骨董商に変わる。



 

2013年の終わりに

 2013年の終わりに際し、岡山における中国について考えてみた。今年、岡山のソフト会社から聞こえてくる中国の評判は悪かった。中国の会社へ仕事を頼んだが、納期が守れない、指示通りに作業してくれない、出来上がったものが使い物にならないといった苦情が多く聞かれた。

 訪問した際に「西安子会社は、貴社が取引された中国の会社とは違います。日本企業と取引するのと変わりません。」と話してみるが、傷が癒えない担当者は「中国とは絶対に取引しない。」と言い切る。

2013年は西安の花を咲かせることができなかった。2014年はどうなるのだろう?。