…4月の西安…

湯沸かし器事件

 西安オフィスの湯沸かし器から、頻繁に轟音が聞かれるようになった。使い始めて3年、こんなにも早くトラブルが発生するとは思ってなかった。西安オフィスの設備の中で、ただ一つの中国製器具である。湯沸かし器は構造がシンプルなので、大丈夫と判断したのが間違いだった。

 購入先へ修理を依頼してみる。やって来た修理人が言うには、「運が良ければ5年使えるが、悪ければ1年以内に壊れる。」であった。とんでもない話をよくも堂々と言えたものだ。
水道とガスの元栓を締めて、修理人は器具の取り外し作業に掛かる。器具から大量の水漏れが発生。台所は水浸しである。何ということをしてくれた。言ってくれれば、バケツと雑巾くらい用意したのに。腹が立つ、「出て行け!」

 再度購入先へ連絡して、別の修理人に来てもらうことにした。別の修理人は、「部品交換が必要なので、器具を一週間程度預からしてくれ。」と言ってきた。器具を取り外すと、水道管とガス管はオープン状態になってしまう。ということは、元栓を締めたままにしておかなければならない。そうなると、トイレ・風呂・台所は一週間使えない。「冗談じゃない、帰れ!」

 一年ほど前に、西安オフィスの近くにアメリカ系湯沸かし器を販売する店がオープンした。この店を数回訪ねたことがある。買い換えるならこの機種にと決めていた。早速注文。翌日には取付工事が完了。勿論、2本の管にはコックが取り付けられた。店主が言うには、「コックを取り付けるのは常識。」であった。常識は、店によって違いがあるようだ。

 タワシ事件

 3月下旬、西安オフィスでタワシ事件が起きた。掃除中に日本製タワシを汚水と一緒にトイレへ流してしまった。気がつくのが遅く、汚水を数回流した後でのことだった。既にタワシの姿はなく、顔面蒼白、どうしよう?

 排水溝に手を差し込んでみるが届くはずもなく、針金で引っ掻いてみるが反応はない。タワシは、パイプのU字曲がりの先まで流れてしまったようだ。TOTOウォシュレット交換か?困ったことになった。工事となると厄介な問題が発生してくる。考えるだけでも持病の高血圧には悪い。ここは、西安スタッフに後始末をお願いして帰国するしかないと判断。


 日本滞在中に修理完了の報告を受けた。無事にタワシを回収することができたとのこと。西安スタッフには、家族を巻き込んでの大騒動になってしまったことを心からお詫び申し上げる。




 



 撮影レンズに異変が
  

 西安開設記に掲載している写真の撮影には、標準ズームレンズを使うことが多い。このレンズに異変が起きた。オートフォーカスが機能しなくなったのである。視力が衰えた老人にとっては致命傷と言える。購入から10年、耐久限度まできたのであろうか?買い換えるとなると、高額出費という問題が発生してくる。

 気持ちを落ち着けて思い出してみた。昨年秋に、新彊ウイグル自治区を旅した。その頃から異変が現れ始めたように思える。ウイグルは砂漠の国、砂漠の砂はレンズの敵、その敵が隙間から侵入したことが考えられる。

 日本へ持ち帰ってメンテナンスに出してみることにした。一週間後、メーカーからレンズが戻ってきた。まるで新品のようになっていた。報告書にはクリーニングと消耗部品の交換が記載されていたが、砂のことは何も書かれていなかった。今となっては砂のことはどうでもいいこと、高額出費が回避できたことだけを喜ぶことにした。






 西安オフィスで夕食会

 お世話になっている方達を招いて、西安オフィスで夕食会を開くことにした。「日本料理を食べさせろ。」という外圧が強くなってきたからだ。逃げてばかりしていたが、いつまでもというわけにはいかない。

 調理の腕前は3流。これでは、有名店で調理された料理を日本から運ぶしかない。腐りやすいものは避けて、さつま揚げや天ぷら、うなぎのかば焼き、黒豆や大豆の煮物、漬物などを選ぶ。牛肉と魚は、自宅で調理してから運ぶことにした。その他に、洋風日本料理の食材としてベーコン、ロースハム、ウインナーなどを追加。お客様は10名を予定、かなりの量が必要だ。

 リストを持ってデパートの地下食料品売り場を回る。これ以上は重くて持てないところまで調達を続けた。スーツケースの重量オーバーが心配だ。 西安へ移動。まず会場となる部屋の準備から始める。

 ソファを動かし、掃除機をかけ、食卓を部屋の中央にセット。次は買物で、不足している椅子と食器、野菜、果物、花などを買い揃える。オフィスに戻り、食器・食材を洗い、最後に花を飾って予定の作業を終える。 翌日が開催日、早起きして仕込みにかかる。冷たい料理から調理して皿に盛り付けていく。今回は見た目で勝負しようと考えている。皿の選択、料理の彩りや盛り付けには特に気を配る。

 残った時間で暖かい料理と果物の下ごしらえを済ませておいた。 お客様を迎える。日本式オードブルからスタートする。その後は、焼く、蒸す、煮る、炒めるなどの調理を始めて、3口あるガス台とオーブンレンジはフル回転。段取りを考えてはいたが、思い通りにいくものではなかった。焦って皿を落とし、お客様の耳を煩わせてしまった。

 時々には席に着いて味見を行い、箸の進み具合をチェックする。予想とは違っていて、みりんを使った甘めの料理や油を使わない料理に人気があった。一番人気を予想した韓国風キムチは最下位になった。 食後の総合評価では、「素材そのものの美味しさや油を使わない料理が素晴らしい。」とのこと。これを分析すると、日本の肉と魚、それに中国野菜の素材が良かったということだ。

 また、油を除いていく日本式の調理法も評価されたことになる。新しく買い揃えた可愛い絵柄の皿も褒めてもらった。「食事は眼でも味わうもの。」という日本の文化まで理解してもらえたようだ。お世辞半分にしても、私にとっては大成功の夕食会であった。欲を言うなら、味付けを褒めてくれる人がいたらもっと満足できたことだろう。


…5月の西安…

 ブラインドを交換

 4月に数件の事件が起きた。これで終わると思っていたが、5月に入っても事件は続いた。事務所の窓に掛けてあるブラインドが、次々と壊れていったのである。紐を引いても、虚しい空回転の音が聞こえるだけ。

 入居時に、移転のことを考えて安価な品を購入したからだ。 移転計画はなくなり、長期使用に耐える品と交換しなければならない。香港系メーカーが見付かった。回転具がプラスチックではなく金属で作られている。丈夫そうだ。紐を引くと、車の無断変速機のようにスムースに上がっていく。上旬に作業が行われ、事務所に静けさが戻った。

 よく見ると横着な作業が行われていた。ブラインドを同じ高さまで下ろしていくと、下のラインがギクシャク状態。日系企業は許さない。数日後、真面目な仕事をした品を持ってやってきた。何をやっても手間がかかるものだ。
 




 

 遮音のための間仕切り工事

 月に数回来社してくる会計士は大声の持ち主で、彼が喋ると事務所中に声が響く。我慢しながらやってきたが、この問題を解決しなければならない時期がやって来た。遮音のための間仕切り工事を行なうことにした。

 発注先は、以前に取引したことがある台湾系のメーカーだ。組立て式のパーテションを商品に持つ、中国では数少ないメーカーだ。間仕切板には、ガラス製のブラインド入りを予定している。これは、社員の様子を見ながら仕事ができるようにとの配慮からだ。

 工事日程と値段が決まる。いつものことだが、工事日程変更の連絡が度々入ってくる。その度に、こちらは振り回されるばかり。「少しは客の都合も考えろ!」と言いたくなる。

 工事が始まる。社員全員で備品を移動、工事を側面から支援する。怠りなく工事のチェックを行う。一番目立つ柱に5ケ所の傷を見つけた。当然、柱の交換を要求。工事中は常に眼を光らせておかなければならない。  工事の妨げにならない所から、LAN配線や絨毯敷き作業を社員の手で進めていく。同時に本格的な清掃を行い、事務所は眩しいほど奇麗になった。

 2年と数か月、仮事務所のような所で過ごしてきたが、この工事でやっと事務所らしい事務所で仕事ができるようになった。会計士の大声に感謝しなければならない。

 



…6月の西安…

  岡山で西安の話を

 
 岡山の財界人が集まるクラブから、8月の会合で西安の状況について話をしてくれないかと頼まれた。メンバーの多くは社長さん達で、彼らの前で話すとなると尻込みしたくなる。しかし、依頼人は昨年9月に西安へ来られた人物、不安はあるが断るわけにはいかない。

 西安の状況を、言葉で説明しても理解してもらうことは難しい。両国の文化があまりにも違いすぎる。日本人の頭で話を聞くと、何故?どうして?になる。正しく理解してもらうには、映像を見てもらいながら話を進めていくのが一番だ。「百聞は一見に如かず。」西安の最新映像の写真撮影から始めることにした。

 現在、西安市では国際化が急ピッチで進められている。それも、ビジネス、交通、観光、娯楽、ショッピングなど、あらゆる分野に於いてである。外資系企業誘致のための高新技術産業開発区の整備、空港の拡張や地下鉄工事、観光スポットの兵馬俑・華清池・大雁塔・城壁の環境整備など。

 また、文化・芸術・学問の分野に於いても同じで、国際博覧会や展示会の開催、大規模な大学都市の開発まで進められている。中心街は緑化され、高層マンションがいたるところで建設されている。国家事業である西部大開発計画の中心都市になり、沿岸部からの大型投資も流れ込んでいる。西安は大発展を続けている。

 撮影は下旬から始めた。日中の気温は35℃を超えている。涼しい事務所でコーヒーを飲みながら、優雅に仕事をしたいという気にもなってくる。服は汗でびっしょり、大陸性気候の厳しさを改めて感じさせられた。  集中力の欠如か?撮影した写真の中には、見てもらえるような作品が僅かしかない。これでは、写真マニアとしての面子がない。撮り直しするか?

 しかし、外は暑い。



 追加の防音工事

 
 5月の間仕切り工事で、管理部門の遮音は出来たものと思っていた。ある日、外に立っていると中から話し声が聞こえてくる。何故?遮音効果の高い二重ガラスの間仕切り板を使用しているのに。 どうも、声は天井から聞こえてくるようだ。

 事務所の天井板には、小さな穴が無数に開けられた薄い金属製の板が使われている。日本では考えられないような部材である。不注意だった。  天井から最上部まで、厚手の吸音材を貼ることにした。

 工事の依頼先は、以前からお世話になっている大声で有名な工務店だ。工事後に、彼にも参加してもらい遮音テストを行った。彼の声でも外に漏れることはなかった。やっと遮音工事が完了した。  日本の頭でいると、とんでもない落とし穴が待っているものだ。

 

 

 


玉収集のその後-6

 
 馴染みの骨董店の主人から、「最近来ないね。」と電話があった。預金が乏しくなり、行きたくても行けない状況を彼はまだ知らない。しかし、誘われると訪ねてみたくなるのが骨董マニア。カーテンが閉まり展示会が始まる。豪華に十数点が並ぶ。全てが白玉作品で、透明度も高く良質の玉材が使われていることが確認できる。

 買えるか買えないかは一時忘れることにして、選別作業をやってみることにした。まず、大きな作品からカットしていく。存在感があって見栄えはするが、以前41cmある観音像を運ぶ際に苦労した経験があるからだ。航空会社から重量オーバーまで請求されてしまった。それに、大きいと値段も高い。次は、面白くないデザインの作品をカットする。磨いていても楽しくなってこないからだ。

 第三は、美しくない色の玉材が使われている作品をカットする。同じように見えていても玉は自然石、それぞれの石により微妙に色合いが違う。微妙な違いであっても、感じ方は大きく違ってくる。清らかさや温かさが感じられる色が好きだ。第四は、彫りが丁寧でない作品をカットする。職人さんの魂が感じられないからだ。 以上の選別作業で3品が残った。

 最終選別は、心に響くものが感じられるかどうかである。3品の中で、「お側に置いてください。」と語りかけてきたのは2品であった。どちらもやや派手なデザインではあるが、漢代の雰囲気が十分に感じられる品だ。玉材はいずれも和田産の極上白玉、彫りも素晴らしい。

 一品は食物を入れて神様にお供えするための礼器。吉祥萬意の願いを込めて、青龍・白虎・孔雀・象の四神が浮き彫りされている。もう一品は、お酒を入れてお供えするための礼器だ。台の辟邪には、平安・去難・除魔の願いが込められている。もう選別だけでは満足できなくなった。「2つでいくら?」

 数日後に2品を受け取りに店を訪ねる。店主は商品の整理中で、茶を馳走になりながらその様子を眺めた。小品ではあるが、面白い品が隠し戸棚から次々と出てくる。その中で、一つは「j」と呼ばれる礼器、もう一つは筆を洗うための器が気になった。

 どちらも青玉作品で、泌色の具合が好みにピッタリ。使用方法が直ぐに浮かんできた。jはペーパーウエイトに、筆洗いは灰皿として使う。使用目的は自由な発想で決めればよいと考えているが、はたして昔の人は許してくれるだろうか?悩んでいても仕方が無い。取りあえず2品を持ち帰ることにした。

 突然話は日本へ飛ぶが、岡山に年一回は必ず訪ねるご夫婦がいる。備前焼が好きで、訪問時にはいつも焼物の話をして数時間過ごしている。昨年は骨董品が話題になり、愚かにも玉のことを話してしまった。口は災いの元で、ご夫婦から「玉を知らないので、是非見せて欲しい。」とか、「西安で買った値段で一品分けてくれ。」と頼まれてしまった。困ったことになった。見てもらうのは構わないが、手放すとなると大問題である。両親が世話になっていたご夫婦だけに悩んでしまう。

 1年後の運命の日がやって来た。収集品の中から4点を選び、眼を瞑って袋に詰め込む。ご夫婦の中国骨董学習は予想以上に進んでいた。これはヤバイことになりそうだ。その不安は的中、持参した品から3点の購入を求められてしまった。

 悩んだ末に、3品に「可愛がってもらいなさい。」と別れの言葉を贈った。収集品が初めて手元から消えていく。何と寂しいことか。

 玉収集のその後-7へ続く。